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映画字幕の有名翻訳家



1930年代から脈々と続く、外国語映画の翻訳字幕の世界。日本にはそのときから、幾人もの名翻訳家が誕生し続けています。このページでは、日本を代表する翻訳家を紹介していきます。

字幕の女王の異名を持つ人気翻訳家

字幕の女王の異名を持つ人気翻訳家

映画翻訳家協会を結成し、日本の翻訳家の草分け的存在といえるのが、清水俊二です。1988年に逝去するまで、約2000本の映画字幕を請け負いました。その他にも、レイモンド・チャンドラーらの小説などの翻訳も多く手がけています。また、彼に師事した有名翻訳家の中には、"字幕の女王"と称され、数々のハリウッド俳優の来日時に通訳としても登壇する戸田奈津子がいます。

戸田は1970年に、「野生の少年」で初めて字幕翻訳に携わりましたが、彼女の名前を広く世に知らしめたのがフランシス・フォード・コッポラの「地獄の黙示録」(1979年)です。これ以降は「スター・ウォーズ」旧3部作シリーズ、「ターミネーター2」(1991年)、「タイタニック」(1997年)など、大ヒット作品にはなくてはならない、まさに日本を代表する翻訳家として活躍し続けています。

映画の最後によく見る翻訳家たち

映画の最後によく見る翻訳家たち

戸田と並ぶキャリアを持つ翻訳家が、菊地浩司です。主な翻訳作は「ロボコップ」シリーズ、スティーブン・キング原作、ロブ・ライナー監督による傑作「スタンド・バイ・ミー」(1986年)、デビッド・フィンチャー監督、ブラッド・ピット&モーガン・フリーマン共演の「セブン」(1995年)などがあります。

彼の弟子として知られるのが石田泰子。1986年の字幕翻訳デビュー以来、「トレインスポッティング」(1996年)などの単館アート作から「華氏911」(2004年)の社会派作、「カールじいさんの空飛ぶ家」(2009年)ほかのピクサー作品まで、手広く翻訳しています。

また、松浦美奈も、映画の最後に登場する字幕担当のテロップでよく見かける名前ではないでしょうか。メル・ギブソンが監督に徹し、キリストの受難を描いた「パッション」(2004年)、ナタリー・ポートマンの怪演が話題となった「ブラック・スワン」(2010年)などでもその手腕を見ることができます。

監督のチェックを受けることもある厳しい仕事

監督のチェックを受けることもある厳しい仕事

外国映画の監督が日本語の字幕までチェックすることがあります。完璧主義者で知られるスタンリー・キューブリックがその代表例で、ベトナム戦争時の悲劇を描いた「フルメタル・ジャケット」(1987年)では、戸田奈津子が翻訳したものを、表現が軟らかすぎると却下し、当時、ハリウッドにいた映画監督の原田眞人が代わりに担当しています。映画ファンはもちろん、監督、原作者らにも納得してもらわないといけないという翻訳家という仕事の難しさがわかるエピソードです。

「意味が通じても、ドラマを楽しめなければならない」という戸田奈津子の言葉があるように、翻訳家は字幕のルールの範疇で、練りに練った独自の言い回しで観る者の印象に残るセリフを構築していきます。このような彼らのあふれるセンスを確認するのも、映画の楽しみの1つだといえるのです。