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アメリカ人映画監督



映画の本場・ハリウッドでは、これまでに数々の傑作が作られてきました。その中で、名匠と呼ばれる映画監督も、多く誕生しています。ここでは、一度は観たことのある名作や、観て損はしない話題作を手がけたアメリカ人監督を、アカデミー賞監督賞受賞者をメインに紹介します。

サイレントからトーキー時代過渡期の名匠たち

サイレントからトーキー時代過渡期の名匠たち

第1回、第3回でアカデミー賞監督賞に輝いた実績を持つ往年の名監督がフランク・ボーゼイジです。この頃はサイレント映画(俳優のセリフや音響など、すべての音が収録されていない映画。無声映画とも言う)からトーキー映画(音声が収録された映画。発声映画とも)へと移る過渡期で、より手腕が問われていた時代とも言えるでしょう。その中でも二度にわたる監督賞受賞は、さすがと言えます。監督作としては共にオスカーを獲得した1927年の「第七天国」、1931年の「バッド・ガール」などが有名で、見応えのあるロマンチックなドラマを紡ぐことで知られています。また同時代に輝かしい活躍をしていた監督として、西部劇のジャンルで一時代を築いたジョン・フォード、ギャング映画「暗黒街の顔役」(1932年)ほかを手がけたハワード・ホークスらが挙げられます。またイタリア出身ながら幼少期にロスに移住してきた名監督がフランク・キャプラ。1934年の「或る夜の出来事」、1936年の「オペラハット」、1938年の「我が家の楽園」で、なんと三度のアカデミー賞監督賞に輝いています。

70年代に入り、現在でもハリウッドを牽引する実力派がそろう

70年代に入り、現在でもハリウッドを牽引する実力派がそろう

先ほど挙げた監督たちは、それぞれが1950年代頃まで活躍します。しかしこの頃のハリウッド映画は、スタジオシステムの崩壊や家庭に普及したテレビなどの影響で衰退していき、勢いは衰えていました。そんな中で登場するのは、アメリカン・ニューシネマというムーブメントです。反体制的な主人公を登場させ、メッセージ色の濃い佳作を発表し続けます。その中で「俺たちに明日はない」(1967年)のアーサー・ペン、「ワイルドバンチ」(1968年)のサム・ペキンパー、「イージー・ライダー」(1969年)のデニス・ホッパー、「明日に向かって撃て!」(1969年)のジョージ・ロイ・ヒルら、語り継がれる才能が発掘されました。アメリカン・ニューシネマのブームが去り、再びハリウッドが華やかな映画の都へと戻ると、「ゴッド・ファーザー」3部作を手がけたフランシス・フォード・コッポラがアカデミー賞監督賞を受賞。また、奇才という言葉がピッタリのスタンリー・キューブリック、軽妙でお洒落な演出に定評のあるウディ・アレン、「スター・ウォーズ」シリーズのジョージ・ルーカス、そして「未知との遭遇」(1977年)のスティーヴン・スピルバーグと、現在でもその名を轟かせる実力派が顔をそろえます。また80年代から90年代は、ロバート・レッドフォード、ウォーレン・ビーティ、ケビン・コスナー、クリント・イーストウッドら、俳優としても、監督としても手腕を発揮する多才な人物が続々とアカデミー賞監督賞に輝きました。また、俳優も監督もこなす人物としては、クエンティン・タランティーノ、ベン・アフレック、ジョージ・クルーニーらも注目の人物です。最後に、今後のハリウッドを担っていくであろう、あふれる才能を持つ人物と言えば、「ザ・マスター」(2012年)のポール・トーマス・アンダーソン、ジェームズ・キャメロンの元妻としても知られる女性で史上初のアカデミー賞監督賞を受賞したキャスリン・ビグロー、「ソーシャル・ネットワーク」(2010年)を大ヒットへと導いたデビッド・フィンチャー、「マン・オブ・スティール」(2013年)で革命的映像センスを見せたザック・シュナイダーらが挙げられます。これら紹介した監督の名前でハリウッドの傑作映画を観ていくのもおすすめです。