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ベルリン国際映画祭



ベルリン国際映画祭は1951年にドイツの映画史家アルフレッド・バウアーをディレクターに迎え行なわれたのが成り立ちです。彼の引退後、1976年にはヴィルフ・ドナーがディレクターに就任し、夏開催を2月開催に変更しました。これ以降、毎年2月に開催されることが定番化しています。また、国際映画製作者連盟 (FIAPF) 公認の映画祭として、その規模や注目度から、カンヌ国際映画祭、ヴェネチア国際映画祭と並ぶ「世界三大映画祭」の1つに数えられています。

優れた新人監督を輩出する場としても世界から注目

優れた新人監督を輩出する場としても世界から注目

開催当初は、政治的な意味も持っていました。ベルリンの壁を中心に東ドイツと隣接する西ドイツにとって、東側に「豊かさと自由の象徴」をアプローチする思惑があったからです。このような背景もあり、他の映画祭と比べ社会派の作品が集まる傾向があるというのも、ベルリン国際映画祭の特徴です。

また、国際映画祭と認められるまでは、波乱の道のりを歩みました。世界に向けて発信できる優秀な作品、審査員を集めることがなかなかできなかったためです。そのことで開催当初は主に市井の人々からの投票で賞が決められていました。これは1955年まで続き、FIAPFに公認された1956年から、ようやく知名度のある世界的な文化人を審査委員が招くことができるようになっています。

そしてベルリン国際映画祭のもう1つの特色として、新人監督の発掘に力を入れている点が挙げられます。これまでに、ヴィム・ヴェンダースなどの優れた映画監督を世に送り出しており、この功績は高い評価を得ています。

1980年には、第3代ディレクターとしてモリッツ・デ・ハデルンが就任しましが、彼の作品のセレクトに関する個性は、ハリウッド映画に重点をおくというものでした。ここでの歴史的背景としては、1994年のGATT貿易対立で、アメリカ側が映画祭をボイコットする騒動が勃発しています。

最高賞の獲得で宮崎駿及びジブリの名を一躍世界に発信

最高賞の獲得で宮崎駿及びジブリの名を一躍世界に発信

主な部門はコンペティション部門、フォーラム部門、パノラマ部門、レトルスペクティブ部門、青少年映画部門、ドイツ映画部門の6つからなります。なかでも最も注目されるのが、世界中の映画作品が集められるコンペティション部門。その中の最優秀賞である金熊賞をノミネート作は目指します。

これまでベルリン国際映画祭を沸かせた主な日本映画、日本の映画人は、1963年に今井正監督による「武士道残酷物語」 が金熊賞を受賞、1963年には今村昌平監督作「にっぽん昆虫記」の左幸子が主演女優賞を獲得、1975年、熊井啓監督作「サンダカン八番娼館 望郷」で田中絹代が主演女優賞に輝き、1980年には 鈴木清順監督の「ツィゴイネルワイゼン」が審査員特別賞を受賞しています。近年では2002年に宮崎駿監督の「千と千尋の神隠し」がみごとに金熊賞を受賞。さらに2010年には社会派の鬼才、若松孝二監督作「キャタピラー」で、寺島しのぶが主演女優賞を獲得するなど、多くの日本人の活躍が認められています。