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映画館の大型化



大スクリーンの迫力と臨場感、他の観客との一体感。自宅で映画を見るのとは全く違い、作品の魅力を存分に味わえるのが大型の映画館のメリットです。では、そういった大型映画館ができたのはいつ頃からなのか、その歴史をみていきましょう。

黒澤明、石原裕次郎、ゴジラ…。映画の全盛期到来!

黒澤明、石原裕次郎、ゴジラ…。映画の全盛期到来!

1930年頃に大手映画会社が専用の映画館を開館してはいたものの、戦争の激化により、映画産業は一時勢いを失いつつありました。しかし、戦争が終わり、日本が徐々に復興していくなか、大きな変化が見られるようになっていきます。

映画産業がピークを迎えるのは1950年代のこと。1951 年に黒澤明が「羅生門」でヴェネチア国際映画祭のグランプリを獲得。さらに54 年には衣笠貞乃助が「地獄門」がカンヌ国際映画祭でグランプリを受賞するなど、日本映画が国際的にも注目されていきます。いまもなお世界中の映画ファンに最高傑作と語り継がれている「七人の侍」が公開されたのも 1954 年のこと。その他にも石原裕次郎、吉永小百合といったスターの主演映画や「ゴジラ」シリーズや時代劇ものなど、数々の名作が観客の心を掴みました。こうして映画館に訪れる人はどんどん増加していき、1958 年には映画館の年間入場者数が11億人を超え、過去最高を記録。これはなんと、現在の約7倍もの計算になります。

大型映画館が全国に続々オープン

大型映画館が全国に続々オープン

こうした映画ブームと日本経済復興への気運の高まりから、映画館に続々と人が集まるようになります。その集客を支えたのが、1,000人以上の座席をもつ大型映画館です。

戦後にできた大型映画館の多くは、大きなスクリーンや冷暖房の設備をはじめ、ロビー、喫茶スペースなどの館内設備に力を入れて作られました。これにより、映画館は作品を見るだけではなく、快適でリラックスできる場所というイメージに変わっていきました。

戦前から既に大型の映画館が多数あり、映画の街といわれた東京・日比谷。一度に2,000人以上もの人が収容できる日本劇場をはじめ、日比谷映画劇場日比谷有楽座みゆき座などには毎回多数の観客が訪れました。その他にも東京には、大スクリーンが魅力のテアトル東京や新宿プラザ劇場、駅からの利便性が魅力の渋谷東宝劇場や渋谷パンテオンなど、1000人を超える大型の映画館がありました。

東京以外にも大人数を収容できる映画館は次々と誕生。大阪の北野劇場や梅田劇場、名古屋の宝塚劇場や名宝スカラ座などは、東京の映画館とならび、映画の黄金時代を支えた劇場として外せません。

しかし残念ながら、これらの施設も老朽化には勝てず、現在は閉館やリニューアルをしているところがほとんどです。しかし、このように全国各地で大型の映画館が次々とできたことは、映画が当時のエンターテインメントの代表だったということ。人々は映画から元気や希望をもらい、戦後の日本の成長へのエネルギーに変えていたのではないでしょうか。