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映画館情報

映画館の成り立ち



家族と、友人と、恋人と、さらには1人でも――。どんなシーンでも楽しめる映画鑑賞は、多くの人が楽しめるレジャーの1つです。「レジャー白書2013」(公益財団法人日本生産性本部・余暇総研発行)によると、映画は余暇に行うことの第4位に挙げられ、4,090万人もの人が1年に1回は映画館に足を運んでいるという結果がでています。では、その映画館はいったいどのようにして生まれ、広まっていったのでしょうか。その歴史をみていきましょう。

日本初の映画館「浅草電気館」がオープン

日本初の映画館「浅草電気館」がオープン

日本で最初に映画が一般公開されたのは、1896年(明治29年)だったと言われています。当時はまだ映画を上映する専用の施設はなく、演劇を行う劇場などに機材を設置し、演芸や歌などの実演をはさみながら上映するのが一般的でした。

そして、日本で初めて映画上映だけを行う常設映画館「浅草電気館」が開館したのは、1903年のこと。当初は輸入のサイレント映画を上映していましたが、国産の映画作品が増えるにつれ、国内映画の専門館になりました。

戦前までの映画館の様子

戦前までの映画館の様子

昔の映画館の様子とはどのようなものだったのでしょうか。現在の映画館とは、館内の環境や上映する内容も異なるものだったようです。

1930 年代頃までの映画館は、靴を脱いで上がる畳席に、スクリーンは白い壁や布が使われるところが多くありました。また、スクリーンの下には舞台があり、そこでは「弁士」と呼ばれる人が、サイレント映画の上映前に数分間、作品の解説を行なっていました。弁士の説明が作品のおもしろさを決めるともいわれ、あの弁士の名調子を聴きたいという理由で映画を見に来る人も多くいたようです。

その後、映画が普及していくにつれ、日活松竹東宝といった大手の映画会社が誕生していきます。各社はスター俳優を抱え、主演映画を次々と撮影。それに伴い直営の映画館をもつようになり、日本初の鉄骨・鉄筋コンクリートの映画館「大阪松竹座」(1923年)をはじめ、「邦楽座」(1925年)、「日本劇場」(1933年)、「東宝宝塚劇場」(1934年)などが誕生しました。冷暖房や座り心地のいい椅子などが備えられ、快適な環境で映画を楽しめるようになっていきました。しかし、戦争が激化していくにつれ映画の撮影数も激減。一時閉鎖される映画館もありました。

その一方、戦争が激化していくなかで、「ニュース映画館」が日本各地で登場。戦況を映画で伝えるなど、情報源として活用されました。